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仙台高等裁判所 昭和43年(ネ)376号 判決 1969年8月18日

控訴人 金須幸一

右訴訟代理人弁護士 広野光俊

右訴訟復代理人弁護士 広野伸雄

同 沼波義郎

被控訴人 宮城第一信用金庫

右代理人代表理事 佐藤茂

右訴訟代理人弁護士 渡辺大司

同 渡部修

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二五万円及びこれに対する昭和四三年七月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を決め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張並に証拠関係は、次に記載するほかは原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は、

一、被控訴人は手形の支払義務者である訴外有限会社南新薬商事から金二五万円の本件預託金を徴収し、これを不渡処分を免れるための異議申立提供金の引当てとしているのであるが、この預託金・異議申立提供金は手形債務の弁済引当金とみるべきものであるから、手形債権者から差押を受けた以上、他の貸金債権を有する者或は支払銀行の支払義務者に対する貸金債権等により相殺をなし得るものではないというべきである。

二、預託金は手形債務の弁済引当金であり、預託者は不渡処分を受ける覚悟があれば自己の都合で何時でもこれを取戻し得る(即ち消費寄託である)のであるから、手形債権の弁済期が預託金取戻請求権の弁済期というべきである。

三、最高裁昭和三九年一二月二三日の判決(民集一八巻一〇号二二一七頁)は自働債権と受働債権の弁済期の前後を基準として相殺をもって差押債権者に対抗し得るか否かの解釈をしているが、差押債権者の債権の弁済期と自働債権の弁済期の前後によってその優劣を決すべきで、差押債権者の債権の弁済期を考慮しない右判例は誤りである。

旨陳述し(た)。証拠関係≪省略≫

被訴訟代理人は、

控訴人は預託金ないし異議申立提供金は手形債務の弁済引当金とみるべきものであるから、他の債権者は相殺をなし得ないと主張するのであるが、右金員が手形債務の弁済引当金とみられるべき性格のものでないことはその制度上の趣旨からして明らかである。

異議申立提供金の制度の趣旨は、手形の支払期日にその支払を拒絶した者に対し一応無差別的に銀行取引停止処分をなすことになっている弊害を除去するための制度である。手形を濫発したわけではなく、支払期日に支払得る能力が一応あるのであるが、何らかの理由により支払を拒絶せざるを得なかった者については、本来ならば銀行取引停止処分をしなくともよいはずであるから、支払拒絶者に支払能力があったことの疏明として手形金額に見合う金員を提供させることによって支払能力がないのに手形を濫発したものでないと一応みなし、それならば銀行取引停止処分に付する必要がないとするのが異議申立提供金の制度の趣旨である。要するに右制度の趣旨は手形濫発の防止ないし手形支払能力の疏明にあるのであって、手形に対する弁済引当金とするところにあるものではない。このことは右制度が支払拒絶者に該手形金の支払をなす意思のないことを前提としているものであることを考えれば一目瞭然であろう。

それ故預託金ないし異議申立提供金の性格が手形債務の弁済引当金であることを前提とする控訴人の主張は全く理由がない。

旨陳述し(た)。≪証拠関係省略≫

理由

一、控訴人が訴外有限会社南新薬商事に対する原判決添付第一目録記載の手形債権に基づき、右訴外会社の被控訴人に対して有する原判決添付第二目録記載の債権即ち右訴外会社が手形の不渡により銀行取引停止処分を免れるため宮城県銀行協会に異議申立提供金として提供させる目的で被控訴人に預託した金二五万円(以下これを本件預託金という。)の取戻請求権に対し仙台地方裁判所昭和四三年(ヨ)第八三号により仮差押命令を得、右命令正本が昭和四三年三月七日第三債務者である被控訴人に送達されたこと、次いで控訴人が同裁判所昭和四三年(手ワ)第三二号事件の執行力ある判決に基づき右預託金の取戻請求権につきその主張のような債権差押並に転付命令を得、その差押命令は同年六月二六日、転付命令は同年七月六日にそれぞれ被控訴人に送達されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、被控訴人は本件預託金の取戻請求権は既に相殺により消滅した旨主張するのでこの点について判断する。

(一)  被控訴人が昭和四三年一月二九日右訴外会社に対し金八〇万円を弁済期同年三月一五日その他被控訴人主張のような約定で貸与したこと、一方被控訴人が右訴外会社から本件預託金を預り、昭和四三年二月二〇日宮城県銀行協会に異議申立提供金を提供して異議申立手続をなしたが、同年三月二五日訴外会社が別口の不渡を出して銀行取引停止処分を受けたため、同月二九日右異議申立提供金が被控訴人に返還されたこと、そこで被控訴人が同日訴外会社に対し前記貸付金八〇万円を自働債権とし、本件預託金二五万円を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  ところで控訴人は本件預託金ないし異議申立提供金は手形債務の弁済引当金であるから他の債権により相殺し得ない旨或は手形債権の弁済期が預託金取戻請求権の弁済期である旨争うので、本件預託金の性格及びその弁済期について考察することとする。

(1)  手形交換所において不渡となった手形が持出銀行に返還され、持出銀行から不渡届が手形交換所に提出された場合には銀行取引停止処分がなされることとなるのであるが、この不渡届に対し手形の返還をなした銀行(不渡を出した者の取引銀行)においてその不渡を手形支払義務者の信用に関しないものと認めたときは、手形金額に相当する金員を銀行協会に提供して(これが異議申立提供金である。)異議を申立ることができ、この異議申立により不渡処分即ち取引停止処分を猶予される制度が異議申立の制度である。即ち異議申立提供金は返還銀行が手形の支払を拒絶した手形の支払義務者にそれを支払うだけの資力があることを証明し、それによって不渡事由が資力不足のためではなく支払を拒むについて正当な事由があることを疏明するために提供するものである。ただし銀行協会に対する右異議申立提供金の提供者は異議申立銀行であって、手形の支払義務者ではない。しかし不渡処分によって現実に不利益を受けるのは手形の支払義務者であるから、手形の支払義務者から銀行に異議申立の依頼があり、手形金額に相当する現金が提出されて初めて銀行から銀行協会に異議申立の手続がなされるのが通例であるのみならず、手形の支払義務者の支払能力を証明するという異議申立提供金の目的からすれば、手形支払義務者の資金から提供されることが必要であって、銀行の自己資金の提供ではその目的を達し得ない筈である。本件で問題になっている異議申立もその例外ではなく、手形債務者である訴外有限会社南新薬商事の依頼に基づき且つ同会社から本件預託金の預託を受けて被控訴人が異議申立の手続をなしたものであることは明らかである。

(2)  右の如き異議申立制度に鑑みれば手形の支払義務者が銀行に対し預託金を提供して異議の申立を依頼する法律関係は、銀行取引停止処分を受けないように銀行において手続することを内容とする委任ないしは準委任であって、その預託金は異議申立という委任事務処理のために委任者から交付を受ける金員と解するのが相当であり、右に述べた異議申立の制度ないし異議申立提供金の目的に照せば、預託金或は異議申立提供金を控訴人の主張するように手形債務の弁済引当金(或は手形債務の担保)と解する余地はないといわなければならない。

してみると、銀行が手形の支払義務者から提供された預託金は、委任事務処理のために必要でなくなった時、即ち異議申立の目的が終了し銀行が銀行協会から異議申立提供金の返還を受けた時に、これを委任者に返還すべき義務が発生するものというべきである。

(3)  本件において、被控訴人は手形債務者である訴外会社の依頼に応じ不渡処分を免れるために異議申立提供金に提供する目的で本件二五万円の預託金を受領し異議申立手続をなしたものであるところ、その後別口の不渡のために昭和四三年三月二九日に銀行協会から異議申立提供金が被控訴人に返還されたものであることは前述のとおりであるから、右返還を受けた昭和四三年三月二九日に本件預託金の返還義務が発生しその弁済期が到来したものというべきである。

(三)  以上の事実関係によれば、被控訴人が相殺に供した自働債権即ち被控訴人の訴外有限会社南新薬商事に対する八〇万円の貸金債権の成立の日は控訴人の仮差押前である昭和四三年一月二九日であり、その弁済期は遅くとも同年三月一五日に到来しているのに対し、本件預託金の取戻請求権の弁済期はそれより後の同年三月二九日に到来したものといわなければならない。

(四)  しかして、第三債務者が債務者に対して有する反対債権をもってなす被差押債権との相殺の効力については、第三債務者が差押前に取戻した債務者に対する債権(自働債権)の弁済期が差押当時未だ到来せず、その弁済期が差押後に到来するものであっても、被差押債権(受働債権)の弁済期より先にその弁済期が到来するものであるときは、第三債務者は右両債権の差押後の相殺をもって差押債権者に対抗し得るものと解するのが相当であり(最高裁大法廷昭和三九年一二月二三日判決)、右判例を誤りとする控訴人の見解は独自の見解であって採用できない。

(五)  そうすると、本件において自働債権である八〇万円の貸金債権の弁済期は、前述のとおり受働債権である本件預託金取戻請求権の弁済期より先に到来していたのであるから、被控訴人は両債権の相殺をもって差押債権者である控訴人に対抗し得るものというべく、結局本件預託金の取戻請求権は被控訴人のなした昭和四三年三月二九日の相殺の意思表示により消滅したものといわなければならない。

三、してみると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上武 裁判官 松本晃平 伊藤和男)

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